あーくと私の約束
17歳と2ヶ月だった。
人間でいったら90歳くらいでしょうか。
最後まで歩き、最後まで吠えて、最後の食事を食べて、飼い主に見守られながら眠るように逝ったそうだ。
私はこの手の話にすこぶる弱い。あーくとダブる上、自分の過去ともシンクロしてしまう。
案の定、もらい泣きしてしまった。
こんな調子なので、動物モノの映画やドキュメンタリーは絶対に見ない。犬の死ぬシーンなどは最悪に弱い。一瞬のCMでも泣けてしまう。
泣くのは目に見えているし、テンションは下がるし、そんな悲しい思いをしてまでわざわざ見る必要がない。
実際、私は愛犬との別れを経験している。
実家で飼っていた犬(マルチーズ)が死んだとき、私はこんな辛い別れがあるのなら、この先犬は飼わない!と心に誓った。
のに。
あーくがいるのは一体どういう訳だろう?
元来の犬好きはもちろんの要因だけど、犬を飼うと決めたときに心の中であーくと約束したことがある。
それは先代の犬に対する懺悔でもあります。
実家の犬の私のかわいがり方は屈折していた。
世話はほとんど母がしていて、私は散歩にも行かなかった。そのくせに家の中で粗相をするとキツク叱った。嫌がることを面白がってしたこともある。歳をとって体から異臭を放ち徘徊する犬をうっとおしいと思った。
死んでからようやく、自己中心的な全ての行動を後悔した。おお泣きに泣いた。
ごめんね。って。
だから、あーくは「明日」死んでも後悔しないようしようと思った。
全力で守ってあげることを約束した。
小さな命を最後まで輝かしてあげたい。
でもやっぱり・・・「明日」は出来るだけ先の方がいいよ。
元気で長生きするんだぞ!